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★臨死体験研究読本★
臨死体験研究読本―脳内幻覚説を徹底検証』は、精神世界を論じながらも、具体性があるため、説得力があり、読み手にも理解しやすいものに仕上がっています。しかも、一向にテンションのおちない確信に満ちた筆致の迫力は全編に渡っており、かつてない熱気に満ちた力作です。◆これまでの外国の研究などの器用な整理やまとめをする日本の学者は多いでしょうが、本書は、独自の考察と分析によって外国の評価の高い研究を批判し、それらに対する自らの主張を明確にする、きわめてオリジナリティーの高い作品です。
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Stillness Speaks: Whispers of Now
◆『Stillness Speaks: Whispers of Now

この本の翻訳本、『世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え』の書評はすでに書いた。エックハルト・トールの『さとりをひらくと人生は‥‥(The Power of Now)』を読んだものにとっては、そのエッセンスを簡潔な言葉の数々によってもう一度確認でき、さらにきっと新しい発見ももたらしてくれるだろう。エックハルト・トールの本を始めて手に取る人にとっては、読みやすく分かりやすい言葉の数々が、思考のない静寂の中にこそ真理があるというメッセージを力強く伝えてくれるだろう。そして、『さとりをひらくと(Power of Now)』もぜひ読んでみたいと思うに違いない。

最近、私は英語の元の本、『Stillness Speaks: Whispers of Now』を毎日、少しずつできるだけ声を出して読んでいる。すでに三度目の読み返しになる。互いに半ば独立した短い章句の連続で構成された本であり、英語もきわめて平易なので読みやすい。薄くて軽い本だから、カバンに入れておいて、短い時間があれば、短い章句の一つ二つを読んだりしている。英語の勉強にもなる。日本語ではないから、一字一句を心に留めながら読む。それでか、日本語で読んだときには気づかなかった発見があったりする。

何よりもいいのは、たとえ2〜3ページでも毎日読んでいると、その時は必ずスピリチュアルな言葉に接することになり、心が落ち着いたり、勇気をもらったり、刺激を受けたりするということだ。自分の部屋で読むときは声をだすから、それだけ心の深い部分に届いている可能性もある。4回、5回、6回‥‥と本がボロボロになるまで読んでいこうと思う。

JUGEMテーマ:精神世界の本
さとり15:31comments(38)trackbacks(0)
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ラマナ・マハリシの教え
評価:
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めるくまーる
(1993-06)
◆『ラマナ・マハリシの教え

ラマナ・マハリシの言葉には、究極の真実からまっすぐに私たちの心に響いてくる。何の飾りもなくストレートに響いてくるところに、彼の言葉の計り知れない魅力がある。彼の言葉から伝わるものを表現するのに、「まっすぐに響いてくる」という以外の適当な言葉が見つからない。これだけ言えば、それで充分な気がする。「真実がストレートに伝わってくる」と、これだけ強烈に感じる本はまれである。

おそらく数年前の私だったら、これらの言葉が心の底に沁みてくるような感覚は味わえなかったかも知れない。たぶんそれは、私自身が少しばかり瞑想をするようになったからだ。瞑想をし始めたからこそ、これらの言葉が響いてくるのだ。たとえば「心が外に出てゆくとき、悲惨を味わう。心の願いが満たされるときには、実は、心は自身の本来の場所に戻って」いるというような言葉は、たとえごくわずかでも自分自身の瞑想の体験と響くものがあって、心に沁みてくるのだと思う。この本の全体をそんな感じで読んだ。

語られている事柄は、古今の賢者が語ってきた内容とそれほど違わないのかも知れない。しかし、何度もいうがその独特の率直さに、私たちの心を揺さぶる力が秘められている。翻訳された言葉でありながら、なぜこれほどに伝わるものがあるのだろうか。「真実」の率直な表現が、その人物のあり方のすべてを運んでくるからだろうか。

まっすぐな真実がまっすぐに響いて来る言葉。言葉の不思議をこれほど強く感じたことがかつてあっただろうか。あまりにシンプルではあるが、そのシンプルな真実を伝える表現のまっすぐさの中に、何かしら「詩的な」、人の心に呼びかける力が隠されているのだろか。もしらしたら、この本に散りばめられている写真の力も大きいかも知れない。写真、その真実と慈愛に満ちた表情、そこからストレートに響いてくるものも大きい。言葉と写真が響き合って何かを伝えるのかも知れない。

「幸福は平和から生まれる。平和は障害物のないところにだけいきわたることができる。障害は、心の内に起こる想いによって生じる。心そのものが空(から)になるとき、完全な平和があるだろう。人は、その心を絶滅しないかぎり、平和を得ることも幸福であることもできない。そして、彼自身が幸福でないかぎり、他者に幸福を与えることはできない。」(P138)

「あなたのみじめさの原因は、外部の人生にあるのではない。それはエゴとして、あなたの中にある。あなたは自分で自分の上に束縛を押しつけ、それを超えようとして空しくあがいている。すべての不幸はエゴの帰因する。エゴとともにあなたのすべての困難がやってくる。本当はあなたの内にある不幸の原因を、人生のできごとのせいにすることでどんな利益があなたにあるというのかね。あなた自身にとって外的なものにすぎない事物から、どんな幸福を得ようとするのかね。もしそれを得たとしてもどれほど長く続くものだろうか。

もしあなたがエゴを否定し、それを無視することによって焼き尽くすならば、あなたは自由になるだろう。」(P149)

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クンダリニー
評価:
ゴーピ・クリシュナ,中島巌
平河出版社
(1987-01)
クンダリニー

ごく一部の研究家やヨーガ行者のあいだでしか知られていなかったクンダリニーの教説が、世に広く知られるようになったのは、ヨーガ行者ゴーピ・クリシュナのこの著作が1967年に英語で出版されて以来である。この著作でゴーピ・クリシュナは、自分自身のクンダリニーが覚醒していく過程をつぶさに、かつ具体的に語り、その身体的・精神的な変容の有り様を克明に記録した。

この著作は、東洋の行法に関心をもつヨーロッパやアメリカの若者たちに広く読まれ、クンダリニーを覚醒をめざしてヨーガ行法を行うものが続出したという。

ゴーピ・クリシュナは、1903年にインド・カシミールに生まれた。父が世捨て人同然の修行者となってヒマラヤに入ってから、母の期待と愛情を一身に受けて大学に進学。しかし読書に夢中になりすぎて、専門課程への進級試験に落第してしまう。その挫折を契機にして熱心なヨーガの行者となり、昼はカシミール州政府の中級官吏として黙々と堅実な生活を続けながら、毎朝早く休むことなく瞑想の行を続けるのである。

それから17年目、34歳の時、突如として予期せぬクンダリニーの上昇を体験する。 それは最初、筆舌につくし難い至上の幸福感をともなったが、しかし直後に死と隣り合わせの危険と辛苦に満ちた体験に変わる。クンダリニーがシュスムナ管以外のナディ(管)、特に脊髄の右側にあるピンガラから誤って上がると、心身にきわめて重大な混乱がおこり、制御できない体内熱のために時には死を招くことさえあるという。彼は、その最悪の場合を体験をしのだ。

本書では、その危険に満ちたプロセスが詳細に語られ、それだけでも貴重な資料となっている。しかし、やがて危機は去る。危機を脱したのち、クンダリニーの光は、彼の中で不断に発光し続けた。それはもはや、焼きつくすような熱気ではなく、すべてをいやす快い温かさをともなっていた。その光によって彼の脳や神経組織は再調整され、意識は、確実に覚醒に向かって拡大していった。彼は、自らの意識の変化をつぎのように語る。

「私は、子供の時から慣れ親しんできた自我に統御された一つの意識単位から一挙に拡大し、光り輝く意識の輪となり、最大限のところまでずんずん大きくなっていった。『私という感じ』は以前と変わらないものの、それはもはや一つの小さく固まった存在ではなくなった。私は四方八方の広大な次元に通達する光り輝く意識の球体の中に包みこまれていた。適切な比喩もないが、しいていえば、小さな明かりから出発した私の意識はしだいに大きな光の海に成長し、気がついてみると、自分のまわりを近くからあるいは遠くからとりまく歓喜を放射する大きな意識の中にひたされていた。」 

こうした意識と知覚の変化ののち、46歳になった彼に突如として詩人としの才能があらわれた。素晴らしい詩句が、インスピレーションのようにひらめくようになり、その詩集の発行などによって彼の名は全インドに知られていった。

クンダリニーの上昇は、実際にはどのように体験されるのか、そしてそのいきつく先には何があるのか、これほどに具体的になまなましく語ったドキュメンタリーは他にないであろう。

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世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え
評価:
エックハルト トール
徳間書店
世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え

エックハルト・トールの『さとりをひらくと人生は‥‥(The Power of Now)』を読んだものにとっては、そのエッセンスを簡潔な言葉の数々によってもう一度確認でき、さらにきっと新しい発見ももたらしてくれるだろう。 エックハルト・トールの本を始めて手に取る人にとっては、読みやすく分かりやすい言葉の数々が、思考のない静寂の中にこそ真理があるというメッセージを力強く伝えてくれるだろう。そして、『さとりをひらくと(Power of Now)』もぜひ読んでみたいと思うに違いない。ヴィパッサナー瞑想を実践するものにとっても読む価値のある本だと思う。 

『叡智は、思考による産物ではありません。人や物事といった対象に、意識を100パーセント集中させるというシンプルな行動を通して湧き上がってくるのが、叡智であり、「深遠な知」です。意識を対象に集中させるという行動は、原初の知恵であり、「大いなる意識」そのものです。それは、観念的な思考がつくる壁を取り除き、「なにものも単独では存在しえない」という認識に、あなたを目覚めさせます。それは、観察者と非観察者を、統一の場において、一つにつなぎとめます。それは、分離の傷を癒すのです。』

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自己の変容 新装版
評価:
J.クリシュナムルティ
めるくまーる
自己の変容 新装版

気づき、葛藤、道徳、自殺、組織、愛と性、苦しみ、依存、個人と社会等さまざまな問題をめぐる33の対話。質問者の問いは、多方面に渡るが、クリシュナムルティは、それら一切の問題の根底にあるひとつの問題をつねに明らかにする。彼の教えが濃縮され、最適な入門書。

一切の問題の根底とは何か。過去によって条件づけられた〈私〉というフィルターを通して現実を歪めてしまう。ここに分離があり、問題の根源がある。

「あなたは過去である思考の運動なしに、過去である自分自身を見つめることができますか。考えることなく、なんの評価もなく、好き嫌いもなく、なんの判断もなく見ることができれば――そのときあなたは、過去によって汚されていない目で、ものを見ているのです。それが静寂のなかで見ること、思考の騒音なしに見ることです。」

クリシュナムルティを読むと、その魂の気高さに打たれ、「自己の変容」の限りなき可能性を指し示されて感動する。この高潔さから来る波動を浴び続けたい。 

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恐怖なしに生きる
評価:
J. クリシュナムルティ
平河出版社
恐怖なしに生きる

J. クリシュナムルティが、さまざまな時、さまざまな場所で語った恐怖についての教えを通読すると、恐怖についてだけではなく、クリシュナムルティの教えのエッセンスがおのずと理解できる構成になっている。そしてクリシュナムルティという孤高の透明な精神の魅力が心に深い印象を残す。

彼は、恐怖について語りながら、人間の一切の苦悩の根元である「思考」(分別意識)について語っている。では恐怖をもたない状態はいかにして可能なのか。それは、「‥‥全的な注意力、つまりすべての思考、すべての言葉、すべてのふるまいへの自覚があるときにかぎって可能なのです。精神は言葉という障碍物がないとき、解釈や正当化や非難がないときに注意深くいられるのです。そのような精神はそれ自身を照らし出す光です。そしてそのような光である精神だけが恐怖をもたないのです。」

「光である精神」は、おそらく恐怖だけではなく、人間の一切の苦悩を一掃するのだ。それ(恐怖や苦悩や怒り等々)を抱きつづけ、それから離れようとせず、それを抑圧したり超越しようとしたり、ただひたすら見るということ。

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あるがままに―ラマナ・マハルシの教え
評価:
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ナチュラルスピリット
あるがままに―ラマナ・マハルシの教え

ラマナ・マハルシは、20世紀のインドに生きた偉大なグルであり、神秘思想家だ。この本は、その元で長い年月を過ごした英国人デーヴィッド・ゴッドマンが、師の言葉をテーマ毎に編集したものである。「真我」「探究と明け渡し」「グル」「瞑想とヨーガ」「体験」「理論」という六つのテーマにそって弟子との質疑応答が整理されている。

訳者の後書きによると、シュリー・ラマナの最も明確にまとめた本のひとつとして世界的な評価を受けているという。これまで何冊かラマナ・マハルシの本を読んできたが、私もこの本で、その教えの全体像がようやく見渡せたと感じた。

「あらゆる特定の想念の背後には、『私』という普遍的想念がある。それがあなた自身である。この『私』を第一の想念と呼ぶこととしよう。この『私』という想念を心に保ちなさい。そしてそれが何なのかを見いだすために問いただしなさい。この問いがあなたの注意を強固に引きとどめるようになったとき、他は何も考えることができなくなるのだ。」

各テーマの前に編者による教えの簡単な解説があり、巻末には用語解説があるなど、ラマナ・マハルシを始めて読む人にも充分に親切である。

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悟りと解脱―宗教と科学の真理について
評価:
玉城 康四郎
法蔵館
悟りと解脱―宗教と科学の真理について

著者の最後の著作で、遺稿を含む。著者の晩年の著作に共通する清澄な空気と真実そのものから発するような力にみなぎっている。

形なき<いのち>そのものであるダンマが、全人格体に顕わになり、浸透して全宇宙に充足するという事実を、ブッダだけでなく、イエスに、ソクラテスに、孔子に、親鸞に確認していく。

特に聖書のプネウマ(従来は聖霊と訳されるが)を仏教のダンマと重なり合うものとして考察する論はなるほどと思わせる。イエスはブッダと同じいのち(プネウマ)に開示されていたのだ。

筆者はいう、ブッダにおける「いのちの開示は、たしかにその後の仏教の展開の根拠にはなっている。しかし開示そのものは、仏教の枠組みを超えている。一個の人間に<いのち>が開かれたのである」

孔子もまた、ブッダと同じ形なき、<いのち>に開かれていたということを説得力をもって論じる部分は感動する。<いのち>の開示という観点から孔子を読み直すと、通徹する<いのち>を生きていた孔子という像が鮮やかに蘇る。

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『求めない』 加島祥造
評価:
加島 祥造
小学館
『求めない』 加島祥造

この本は、「求めない」という言葉から始まる短詩のような言葉の連なりからなっている。なるほどと思わせるきらりと光る言葉が、素敵に配置されている。

「ぼくが『求めない』というのは、求めないですむことは求めないということだんだ。」

「あらゆる生物は求めている。命全体で求めている。一茎の草でもね。でも、花を咲かせたあとは静かに次の変化を待つ。そんな草花を少しは見習いたいと。そう思うのです。」

「現求めない――
すると
自分が貴いものと分かる
だって
求めない自分は
誰にも属さないから」

人間も、そしてすべての生き物も、求める存在だけれど、人間は頭でっかちになって、必要以上のものを求めて、苦しんでいる。では、求めなければとうなるのか。この本は、求めないときにどんなことが起るのか、様々な短い言葉で、語りかけてくれる。その時々の自分の状態で、きっと訴えかけてくる言葉が変化するだろうな、と感じさせる本だ。

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さとり21:50comments(0)trackbacks(0)
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なまけ者のさとり方 PHP文庫 (PHP文庫)
評価:
タデウス・ゴラス
PHP研究所
なまけ者のさとり方 PHP文庫 (PHP文庫)

題名からしてもっと軽い本かと思っていたが、実際は深く優れた本であった。ラマナ・マハルシ、クリシュナムルティ、エックハルト・トール、ガンガジ等々と根底に広がる世界は同じである。ただ表現が違う。表現が違うということは、いろいろな仕方で、いろいろな角度から、私の魂を揺さぶってくれるということである。あるいは、この本の中の言葉が、変容へ向けての強力な引き金になるのかも知れない。「一つひとつの生きものの基本的な営みは、拡張することと収縮することです。広がることと縮むことと、言ってもよいでしょう。拡張した生き物は『スペース』となって四方に浸透してゆきます。」「地獄さえも愛することができるようになれば、あなたはもう、天国に住んでいるのです。」

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